「恋愛における男女差」を語ると賛美され、「仕事における男女差」を語ると炎上するのは何故か。

   

何故か夜更かししてしまう夜ってありますよね、筆者です。

前回、女性のマネジメントがし辛いのは、まぁそうだと思う。というような記事を書きました。

そいで、そのあとに、ツイッターで、DJあおいさんの恋愛に関する呟きを見かけました。

 

ん?

 

すごい、違和感があったのです。

 

や、あおいさんがどうこうというわけではないのです。

私はあおいさんの言葉に勇気づけられたこともハッとさせられたことも何度もあるのです。

でも、今回ばかりは違和感があったのです。

その内容ではなく、周囲の受け止めかたに、です。

あおいさんに限った話ではないのですが、

世の中に「恋愛において、男性はこうで、女性はこうだ」という記事は、それこそ山のようにあって、たくさんの人がその記事を参考にしていますし、それについて的確かつ斬新な発言をする人は、人気者になります。

でも、「仕事において、男性はこうで、女性はこうだ」という的確かつ斬新な記事を書いたら、批判され炎上して降格されるのです。

…何故?

どちらの記事においても、男性の全てがこう、女性のすべてがこう、という断定的な書き方をしている点はほぼ同じです。(実態としては異なると思いますが。)

また、記事の厳しさも、そう変わらないと感じます。あおいさんはそういう、ズバッと言ってくれるところもまた人気のポイントのひとつだと思いますが…。

 

この2つの「男女差に関する記事に対する大衆の受け止め方の違い」について、考えられる原因をいくつか挙げてみましょうか。

①発言者が男性か、女性かによって世間の受け止め方が違う。

②恋愛は男女間ですることが多いが、仕事は男女関係なくするものだと考えられているため、受け止め方が違う。

③仕事に対する男女差を語る記事は「事実」や「批判」になりがちだが、恋愛に対する男女差を語る記事は「アドバイス」なので、受け止め方が違う。

 

うーん。ひとつずつみていきましょうか。

①発言者が男性か、女性かによって世間の受け止め方が違う。

→これはほとんどない思います。女性が「仕事において、男性はこうだ、女性はこうだ」という記事を書いても、一定数の批判はあると予想されます。しかも、同じ女性からです。『こういうことを書く人が女性の社会進出を妨げる』とか『同じ女性とは思えない。分かってない。』とか言われてしまいそうです。

"ほとんど"ない、と思う理由とですが、現代社会で仕事においてはまだまだ男性優位です。ですので、弱い立場である女性が書いたものなら、男性が書いたものより批判の数自体は少ないことが予想されます。

逆に男性が「恋愛において、男性はこうだ、女性はこうだ」という記事を書いた場合なんですが…

すみませんあまり想像できません。

恋愛アドバイザーとか心理学者の人なら書くのかな?その場合、でも、特に批判されるところは想像できませんよね。

つまり、発言者が男性か、女性かという点は、関係なさそうです。

 

②恋愛は男女間ですることが多いが、仕事は男女関係なくするものだと考えられているため、受け止め方が違う。

そうではない人もいますが、恋愛は男女間ですることが多いです。

男女は互いに自分にないものを持っていて、そこがいいんだとか、まぁその組み合わせなら子孫が残せるからとか、いろいろ理由はあると思いますが、同性同士より異性同士で恋愛することが多いですね。

そもそも"互いに自分にないものを持っていて、そこがいい"とか言ってる時点で、同じ働き方やマネジメントでは上手くいかないことに気付けばいいのにと思うのですが、それは置いときましょう。

「男女は異なる」という前提で恋愛している。だから、「恋愛において、男性はこうで、女性はこうだ」という記事はごく自然だし、説得力もあります。

では、仕事はどうでしょうか。

古い考えでは「男性は総合職でフルタイムで働き、女性は一般職の人もいるし、結婚したら仕事を辞める」という男女の差がありました。

そしてその差をなくそうとしているのが、現代の「女性活躍社会」「一億総活躍」です。

差をなくそうとしているのに、「男女は違う。男はこうで、女はこうだ」なんて記事を書く。だから、批判され、炎上したんですね。

(※女性は男性とは異なる働き方で活躍する、という考えの人もたくさんいると思いますが、そのロールモデルとなる人は多くないですから、圧倒的大多数の人は男性と同じ働き方しか想像できません。平等とか均等とか言う言葉も、女性が男性と同じ働き方をすることを想像させる要因ですね。)

なるほど、この②は理由としてかなり妥当そうです。

ただ、私の意見を述べるならば、仕事において「男女の活躍の差をなくそうとする」のはいいのですが「どうやって差をなくすのか」という点を考えたときに「男女には違いがある」という考えを忘れると、上手くいかないと思います。

違う数に同じ数を掛け算したら、違う数になるじゃないですか。

違う数には、それぞれに合った違う数をかけないと、同じ数にはならないです。

 

もう結論でちゃいましたけど、③も見ておきましょう。

③仕事に対する男女差を語る記事は「事実」や「批判」になりがちだが、恋愛に対する男女差を語る記事は「アドバイス」なので、受け止め方が違う。

これは、1/4くらいは合ってるかもしれません。

炎上した、仕事に関する男女差の記事は、マネジメントする側の人たちに対する「アドバイス」のような面もありました。(やや上から感は否めませんでしたが…。)→③には当てはまりません。

恋愛に関する男女差の記事でも「これだから女は」「これだから男は」みたいな、批判の記事は、炎上こそしませんが、称賛されることもありませんよね。→③に当てはまります。

しかし、③は記事の内容が仕事に関するものか、恋愛に関するものかというところが、根本的な原因にはなっていません。

 

ということで、考察の結果、「仕事についての男女差の記事」と「恋愛についての男女差の記事」の受け止められ方が違う原因は、

②恋愛は男女間ですることが多いが、仕事は男女関係なくするものだと考えられているため、受け止め方が違う。

であることが分かりました。

但し、「男女関係なく」の部分を、そもそも男女が傾向として持っている男女差や、個人の差を加味せず、同じ方法で「平等」にしようとしているから、無理が生じ、様々な問題が生まれるのでしょうね。

 - 男女(恋愛), 男女(男女差、ジェンダー)