ポリガミー(複数恋愛)への憧れ。①
こんばんは、春が待ち遠しい筆者です。
どちらかと言うと、いや、かなり、惚れっぽいほうです。
どれくらい惚れっぽいかと言うと、小学校低学年のとき、学年末に作る文集みたいなものの「プロフィール」の欄に、「好きな人」を書くところがあったのですが、3人名前を挙げたくらい惚れっぽいです。数年後に見たらめちゃくちゃ恥ずかしいやつですね。恥ずかしい。
あと、これは、経験したことがある人もいると思うのですが、恋人がいても他の人を好き?になることがありました。
かと言って、そのときの恋人に対して不満があるかと言われると、そうではない。
恋人のことは好き。
でも、ふとした瞬間に「この人いいな…」とか「この人と付き合ったらどうなるんだろう…」とか、考えてしまう。
そういう自分に罪悪感を感じたこともありましたが、「ポリガミー」という思想に出会って、「自分は、ポリガミーなのかもしれない!」と思ったことがありました。
ポリガミーは、Wikipediaでは「複婚」と紹介されていますが、これはかなり限定的な解釈です。
広い解釈でのポリガミーを一言で説明するのは難しいですし、人によって解釈が違ったりもします。
私の解釈は
「複数の人との恋愛関係を同時進行できるという考え方」
です。
ナンダソリャってかんじですね。Wikipediaでは「ポリアモリー」のほうが近いです。
もう少し分かりやすくなるように説明しますね。ポリガミーの反対語はモノガミーとなります。
「恋愛は一対一でするものだという考え方」
です。日本の社会規範はモノガミーです。
生まれたときから、母と父が1人ずついるという家庭の状況は(そうでない人もいるでしょうが)モノガミーを当たり前だと認識する環境ですし、恋愛ドラマもマンガも極端なモノガミー思考を前提として成り立っているものばかりです。
但し。
人々がすべてポリガミーとモノガミーで分けられるとは、私は考えていません。
こういうことを書いているサイトはあまりないのですが(そもそも書くほどのことではないのでしょうか)
「私はモノガミーかな、ポリガミーかな、どっちかな?」という思考はナンセンスだと思います。

どちらかを選ぶのではなく、モノガミーとポリガミーを両端とした、グラデーションの中の、どこあたりかな?という考えに、落ち着きます。

(但し、Aセクシャルの人などはどこにも当てはまりませんね。そういう場合もあります。)
自分自身はややポリガミー寄りですが、モノガミーが社会規範である環境で育てられたこと、周囲の人々がそもそもポリガミーという思想を知らないこと、現在の恋人のためならモノガミーとして行動することに苦痛がないことから、実行動の上はモノガミーとして生きていくと決めています。
グラデーションの中の…、という話がありましたが、浮気して相手を泣かせるよーな人っていうのは、モノガミーとかポリガミー以前に、自分勝手で思いやりに欠けていますので、まず人としてイカンというのが大前提です。
ポリガミーは全員を大事にしますから、大事な人を泣かせるようなことはしません。
ですから、モノガミーの人とポリガミーの人がお付き合いとなると、話し合い、話し合いの毎日になるのでしょうね。
…と、なると、現代日本は、ポリガミーの人はとっても生き辛い世の中です。
ポリガミー=自分の気持ちを伝えるのが上手、というわけではありませんから、モノガミーの人同士以上に、誤解や擦れ違いが生まれるでしょう。悪意なく、相手を泣かせてしまうこともあるかもしれません。
ただ、一般的なモノガミーの恋愛に違和感を感じる人は、ポリガミーという思想についてもっと知ることで、自分の思考をスッキリさせる手がかりになるかもしれません。
注意したいこととしては、ポリガミーは決して特殊ではないということです。
一夫多妻や多夫一妻の国ではポリガミーは常識的な思想でしょうし、虫や動物の世界だってポリガミーな場合があります。
そういう思想がある、ということを受け入れるだけで、人生で色々なものの見え方が違ってきます。